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【窓ぎわのトットちゃん】トモエ学園の子供たちが踊っていたリトミックって何?小林先生との関係について紹介

2023年12月より公開となり上映中のアニメ映画「窓ぎわのトットちゃん」

落ち着きがないことで小学1年生で退学になってしまったトットちゃんに

「君は、ほんとうは、いい子なんだよ」と言い続けてくれた校長の小林先生のシーンがとっても素敵だなと感じました。

作中では授業風景で子供たちがリトミックというダンスを踊るシーンがありましたが…。

ひらけん
ひらけん

小林先生が教えているリトミックってなんだろう?

と思われた方もいらっしゃるかと思います。

リトミックとは教育方法の一環であるのですが。

あまり聞きなじみがないのかと思います。

そこでここでは「窓ぎわのトットちゃん」でトモエ学園の子供たちが踊っていたリトミックについて徹底調査しました。

リトミックとは何なのか?

小林先生とリトミックの関係についても紹介いたしますのでご覧ください。

見出し

・ 【窓ぎわのトットちゃん】トモエ学園の子供たちが踊っていたリトミックって何?
・小林先生とリトミックの関係について

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【窓ぎわのトットちゃん】トモエ学園の子供たちが踊っていたリトミックって何?

リトミックとは19世紀末から20世紀初頭にかけて、スイスの音楽教育家で作曲家でもあったエミール・ジャック・ダルクローズが開発した音楽教育の手法です。

開発者の名から、「ダルクローズ音楽教育法」ともいわれています。

ひらけん
ひらけん

要するに今でいうところのNHKのおかあさんといっしょ

などのように歌って踊りながら学ぶという手法ですよね

では、なぜ小林校長先生がこの教育法をトモエ学園にとりいれたのか?

次はリトミックと小林先生との関係についてご紹介いたします。

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【窓ぎわのトットちゃん】リトミックと小林先生との関係を紹介!

では「窓ぎわのトットちゃん」の小林校長先生とリトミックという教育法の関係についてご紹介して行きます。

子どもたちへの最善の教育とは何かを模索していた小林先生。

かつて5000円札にもなっていた新渡戸稲造の勧めもあり1923年にはヨーロッパへ留学します。

楽天市場より画像引用

その時にパリのダルクローズ学院でリトミックを学び一時帰国。

1931年には再度留学し今度はリトミックの発祥者であるダルクローズから直接許可を取って日本リトミック協会を設立

日本で最初のリトミック教育に取り組みました。

『窓ぎわのトットちゃん』のトモエ学園では、毎日、リトミックの時間がありました。

子供たちがそれぞれ、その子らしい表情で、のびのびと手足を動かし、いかにも気持ちよさそうに、跳びはねて、しかも、リズムに、きっちり、あっている、という光景は、いいものだった。

引用:『窓ぎわのトットちゃん』 より

トモエ学園の小林校長先生の教育理念は

「子どもが生まれながらに持つ個性を見つけ、伸ばすことを大事にする」ことでした。

そんな小林校長先生のもとでトットちゃんは毎日リトミックの授業で楽しく踊ってのびのびと育ったのでした。

ところが東京大空襲でトモエ学園は焼けてしまいました。

その後、小林宗作さんは昭和25年国立音楽大学附属幼稚園(以後、音大幼稚園)の初代園長に迎えられています。

音大幼稚園の庭には藤の木があり幼稚園児たちはこの藤棚の下で遊んでいるのだそうです。

この木は、昭和29年頃にトモエ幼稚園から運ばれ、植えられました。

トモエ学園から運ばれたこの藤の木を子供たちは「トモエふじ」と呼んでいるとのこと。

小林宗作園長先生は亡くなる昭和38年まで音大幼稚園でリトミックの授業を通して多くの子供たちの教育に携わっていました。

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リトミックを語る小林先生

小林先生はリトミックについてこのように語っています。

リトミックは、体の機械組織を、更に精巧にするための遊戯です。

リトミックは、心に運転術を教える遊戯です。

リトミックは、心と体に、リズムを理解させる遊戯です。

リトミックを行うと、性格が、リズミカルになります。

リズミカルな性格は美しく、強く、すなおに、自然の法則に従います。

『窓ぎわのトットちゃん』より


リズミックについて語るとき、小林先生はいつも「はじめにリズムありき」と語っています。

「はじめに リズムありき」とは

この言葉は、小林宗作先生が大事にしていた言葉です。

人間は胎児のころから心臓のリズムを聞いています。

そのため生まれた後に心臓のリズムを聞くと安定するのだとか。

ありのままの自分と相手を知り、受けとめるということが大事なのだそう。

お母さんは言葉を話さない赤ちゃんの気持ちをわかろうと、赤ちゃんの泣き声や表情に注意を向けます。

しかし、子どもが言葉を話し始めると、「言葉で言わなきゃわからないでしょ」と言葉を求めます。

子どもの成長それぞれの時期で見せるリズムを認め、わかろうと心を寄せることが大事なのだと小林先生は言います。

ありのままを認められ、受けとめてもらった子どもは、自分を肯定するとともに、相手のありのままを認め、受けとめる人へと育っていくのだとか。

トモエ学園にトットちゃんが小林先生に初めて会った時4時間もおしゃべりをしました。

そのとき小林先生は笑ったりうなづいたり、身を乗り出したりして聞いてくれたのです。

トットちゃんの成長のリズムを認めわかろうと心を寄せていたのでしょう。

トットちゃんは初めて大人に認められたことでトモエ学園に通いたくなり先生とずっと一緒にいたいと思ったのだそうです。

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リトミックと小林先生・トモエ学園との関係についてまとめ

今回は「窓ぎわのトットちゃん」でトモエ学園の子供たちが踊っていたリトミックについて紹介しました。

さらに小林先生とリトミックの関係についても調査しています。

こちらにまとめましたのでご覧ください。

トモエ学園の子供たちが踊っていたリトミックとは?

【リトミックとは】
19世紀末から20世紀初頭にかけて、新教育運動の絶頂期に、スイスの音楽教育家で作曲家でもあったエミール・ジャック・ダルクローズが開発した音楽教育の手法です。開発者の名から、「ダルクローズ音楽教育法」ともいわれています。
【小林先生とリトミックの関係】
・教育方法について模索していた小林先生
・1923年にヨーロッパ留学、リトミックを学ぶ
・1931年に再び渡欧→日本に帰国後リトミック協会を設立
※エミール・ジャック・ダルクローズから直接許可をもらう
・1937年よりトモエ学園で日本で最初のリトミック教育を行う

今となっては歌って踊って子供と触れ合うことでその子の素質を伸ばすというなじみ深い教育法ですが。

これを日本に取り込んだのが小林校長先生であります。

トットちゃんに「君は本当はいい子なんだよ」と語ったその根底には

日本の教育を、子供たちの成長を真に願っていた小林校長先生の心の底からのメッセージであったと言えます。

そんな素敵な言葉に触れることができたトットちゃんこと黒柳徹子さんにとっては本当に運命の出会いだったのだと思いました。

まさに現代にいてほしい教師像である小林先生。

日本の教育の未来がよりよいものになることを祈りたいですね。

ここまで読んでいただきましてありがとうございます。

それでは最後までお読みいただきありがとうございました。

窓際のトットちゃん公式

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