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堤勇斗(つつみゆうと)のwikiプロフ経歴!ブレイキングダウン参戦の理由は凄すぎる弟達と関係あるのか考察

ブレイキングダウン8のオーディションに参加していた堤勇斗さん。

ボクシングエリート兄弟である駿斗さん麗斗さんの兄でもある方であります。

今回長男でもある堤勇斗(つつみゆうと)さんがブレイキングダウンに参戦してきた理由は果たして何故なのか?

凄すぎる弟たちの存在は無関係ではないと思っております。

そこでここでは堤勇斗さんがブレイキングダウン8のオーディションに参加してきた理由について勇斗さんのプロフィール(年齢・家族)や経歴(学歴・格闘歴)について紹介した上で考えてみようと思います。

このブログを読んでわかる事

・堤勇斗のプロフィールや経歴について
(年齢・家族・学歴・格闘歴)
・堤勇斗がブレイキングダウンに参戦した理由について

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堤勇斗(つつみゆうと)のプロフィールや経歴について

堤勇斗さんがブレイキングダウン8のオーディションに参戦した理由について紹介する前にそのバックボーンとなりますプロフィールや経歴についてご紹介致します。

年齢・家族や学歴・格闘歴について順番にご紹介致します。

堤勇斗(つつみゆうと)のプロフィールや経歴について ①年齢

ブレイキングダウン8のオーディションに参加していた凄すぎる弟を持ったお兄さん堤勇斗(つつみゆうと)さんの年齢ですが、1994年4月生まれの29歳であります。

Facebookでは2016年4月21日に誕生日を祝ってくれた方々にお礼のメッセージを送っておりました。

2016年に22歳であった勇斗さん。

つまりは、2023年5月の時点では29歳であることが間違いないかと思います。

正確な誕生日についてもわかりましたら追記致します。

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堤勇斗(つつみゆうと)のプロフィールや経歴について ②家族

ブレイキングダウン8のオーディションに参加していた堤勇斗(つつみゆうと)さんの家族についてご紹介致します。

堤勇斗さんには、将来を期待された二人の弟がおります。

現在プロボクサーとして活動中の弟(次男)、駿斗(はやと)さんとアマチュアボクシングでめざましい活躍を見せている弟(三男)の麗斗(れいと)さんであります。

(画像左より勇斗・麗斗・駿斗)

では二人の弟についてご紹介していきます。

堤勇斗(つつみゆうと)の家族について ①弟(次男)駿斗

ブレイキングダウン8オーディションに参加した堤勇斗さんの弟(次男)である駿斗(はやと)さんについてご紹介していきます。

プロフィールや経歴についてまとめますとこのようになります。

堤駿斗について

【プロフィール】
生年月日:1999年7月12日(23歳 2023年4月現在)
身長:171㎝
高校:習志野高校
大学:東洋大学経営学部
格闘歴:空手→ボクシング


【実績】
アマチュアボクシング13冠
2016年ボクシング世界ユース選手権フライ級優勝(日本人初)
2022年5月31日に東洋太平洋タイトルマッチ予定(プロ3戦目)

かつて極真空手の千葉道場へ通っていた二人でしたが、兄である勇斗さんがボクシングへと転向したことに影響され駿斗さんも小学5年生の時にボクシングへと転向します。

それ以降アマチュアボクシングで華々しい活躍を見せ「ボクシング四団体統一王者」となった井上尚弥さんのスパーリングパートナーを務めておりその実力を認められております。

また、井岡一翔さんもその実力については認めており、日本のトップ2がその実力を認めるこれからの日本ボクシング界を背負っていく逸材であります。

また、那須川天心さんとは幼馴染で中一まで同じジムに通った仲で那須川天心さんの著書でも堤駿斗さんについて触れられております。

では、次に三男の麗斗(れいと)さんについてご紹介致します。

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堤勇斗(つつみゆうと)の家族について ②弟(三男)麗斗

ブレイキングダウン8オーディションに参加した堤勇斗さんの弟(次男)である麗斗(れいと)さんについてご紹介していていきます。

プロフィールや経歴についてまとめますとこのようになります。

堤麗斗について

【プロフィール】
生年月日:2002年8月25日(20歳 2023年4月現在)
身長:165㎝
高校:習志野高校
大学:東洋大学経営学部
格闘歴:空手→ボクシング


【実績】
アマチュアボクシング10冠
高校ボクシング5冠
U-15全国大会4連覇
2016年ボクシング世界ユース選手権フライト級優勝

二人の兄の影響を受けて5歳で極真空手を学び始めた堤勇斗さんの弟である堤家三男の麗斗(れいと)さん。

6歳にして全国大会で優勝し、その後ボクシングへと転向した兄たちの後を追い小学5年生で同じくボクシングへと転向します。

兄(次男)である駿斗(はやと)さんの経歴をなぞるかのようにアマチュアボクシングで実績を残しており、2024年に行われるパリ五輪の金メダル候補とも言われております。

次男の駿斗さんも2020年東京オリンピックの代表を目指していたのですが

予選で敗退してしまい、最後の望みに賭けていた最終予選がコロナによる影響により中止となりオリンピックを断念しておりました。

そのためオリンピック金メダルは堤家の悲願であったとも言えます。

では次に兄弟たちを支えている両親についてご紹介致します。

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堤勇斗(つつみゆうと)の家族について ③両親(父・母)

堤勇斗さんの父親と母親についてご紹介致します。

父親の名前は直樹さん。

母親の名前は順子さんと言います。

二人の画像については2022年2月27日に放送されました「裸のアスリートⅡ」より引用しております。

この番組の中で堤家の家族について特集がされておりました。

まとめますとこのようになります。

裸のアスリートⅡのまとめ

・駿斗と麗斗の二人が小学生の時にマンションから引っ越し
・自宅二階にボクシングの練習部屋を作る(6畳1間 完全防音)
・父直樹が二人の練習をサポート(本人は格闘経験なし)
・母純子は食事面をサポート
・ご飯はグラム単位で管理
・鶏むね肉とささみ中心の料理

駿斗さんと麗斗さんのボクシング環境を完全にサポートしている両親。

父親である直樹さんは家の引っ越しを考えた時に家を探す条件としてボクシングの練習部屋のことを第一に考えていたそうです。

そこで用意できたのが6畳1間の部屋でした。

実はこれには裏話も有り、最初はSASUKE部屋にしたかった直樹さん。

それを奥様に反対され、そこから子供たちのボクシング部屋にしようと思ったそうです。

この6畳の部屋で練習することで二人はこの空間ででしかできないこと、リングより狭い空間で接近戦のノウハウ、追い詰められた時の対処法に学べたと語っておりました。

ひらけん
ひらけん

リングよりも狭い空間で練習したことが

その後の二人の強さに結びついているんですね。

また、子供たちの練習を見るために父親である直樹さんは格闘経験もないのですが、二人の通うジムのトレーナーのことを研究し、自身も子供たちをサポートできるようにしました。

二人の練習に常に付き合っている直樹さん。

そして食事の面において完全にサポートしている母である純子さん。

この二人の手厚いバックアップが、2020年に駿斗さんがオリンピックの夢が破れた時も、また、二人のボクシング人生において重要な役割を果たしたのだという事がわかる内容となっておりました。

しかし、気になったのがこの番組に長男である勇人さんの存在が一切なかったのですよね。

冒頭3兄弟という事で少年時代の三人の写真がでておりましたが、それだけの出演でした。

これだけ家族一丸となってボクシングという競技に向き合っていたのにその間、勇斗さんはどうしていたのでしょうか?

もしかすると家族と仲が悪くて疎遠になっていたのか?

次はそのことについてご紹介致します。

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堤勇斗(つつみゆうと)の家族について ③家族仲について

堤有斗さんと家族との仲について調べてみました。

TwitterなどSNSには勇斗さんと家族との触れ合いが発信されておりました。

お母様や駿斗さんと麗斗さんらと仲良く接していることがよくわかりました。

父親である直樹さんとの絡みがちょっとなかったのが気にはなりましたが、もしかすると何か確執があるのか?

過去に何があったのか勇斗さんの経歴を紹介しながら考えてみようと思います。

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堤勇斗(つつみゆうと)のプロフィールや経歴について ③学歴・格闘歴

ではブレイキングダウン8のオーディションに参加していた堤勇斗さんの学歴や格闘歴などの経歴についてご紹介していきます。

小学生の時に極真空手の千葉道場に通い始めた堤勇斗さん。

2006年の小学6年生の時に千葉県空手道選手権少年団体に出場して準優勝。

中学生の時は2年生・3年生の「関東大会軽量級」で2連覇を飾り。

また、中学3年生であった2009年5月には「第五回国際青少年空手道選手権大会 ジュニアの部」で3位に入賞と華々しい成績を残しております。

その後2010年3月と中学校の卒業間際に空手の世界にはプロがないからプロのあるボクシングをやりたいとの理由からボクシングへと転向いたします。

高校に入りボクシングを始めようとするのですが、なかなか苦難の連続であったようです。

では次に卒業した高校についてご紹介致します。

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堤勇斗の学歴について ①高校

堤勇斗さんは千葉県立犢橋(こてはし)高等学校へと入学します。

しかし、そこで分かったのがこの高校にはボクシング部がなかったということです。

そこで地元のボクシングジム本多ジムへと通うことになるのですが、実はまともに試合には出ておりません。

その理由は犢橋(こてはし)高等学校の校則により、インターハイなどボクシングの試合にに出ることが禁止されていたためでありました。

ジムでボクシングを習ってはいたのですが、なかなか実践に参戦することができなかったようであります。

ひらけん
ひらけん

これってつまりはボクシング転向にあたって

あまりにも急であまり準備期間もなく決めてしまったことの

表れなのではないでしょうか。

このように勇斗さんがボクシングに転向したことで二人の弟も影響を受けてボクシングを始めて今や押しも押されぬ一流ボクサーとなったのに対して。

影響を与えた本人がボクシングの試合にも出れなかったというのはなんとも皮肉であります。

千葉県立犢橋(こてはし)高等学校は木村拓哉さんも高校一年生まで通っていた高校であり、マツコ・デラックスさんが卒業した高校でもあります。

二人は同級生でもあったそうです(1972年生まれ)

ひらけん
ひらけん

ということは堤勇斗さんはマツコさんとキムタク(一時的に)の

後輩という事になるんですね!

千葉県立犢橋高等学校

住所:千葉県千葉市花見川区千種町381−1

偏差値:43
【有名な卒業生】
・木村拓哉(高校一年生の時に東京都立代々木高等学校へ転校)
※現在の世田谷泉高等学校
・マツコ・デラックス

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堤勇斗の学歴について ②大学

このような状況を打破するためにも堤勇斗さんが選んだ大学は拓殖大学でありました。

私たちボクシング部は、日曜日を除いた週6 日、練習を行っています。ボクシング部の多くは経験者ですが、未経験者の入部も大歓迎です。ボクシング部は男女共に関東リーグ戦優勝を目指して日々仲間と切磋琢磨し、質の良い練習をしています。皆さんも関東大学リーグ戦優勝を目指して一緒に活動しましょう。是非1度見学や体験に来てください。

https://act.takushoku-u.ac.jp/lists/ritaku/sports/boxing/ 拓殖大学ボクシング部ホームページより引用
ひらけん
ひらけん

週6の練習日
関東リーグ優勝を目指すという目標の高さ

これは名門ですね。

ちなみに実績もなかなか凄いです。

拓殖大学ボクシング部実績

・2018年 全日本ボクシング選手権大会 ライトフライ級 優勝
・2018年 世界大学選手権大会ボクシング競技 準優勝・
・2019年 全日本ボクシング選手権大会 81kg級 優勝
・2019年 全日本ボクシング女子選手権大会 ライトフライ級・ライト級 3位
・2019年 いきいき茨城夢国体ボクシング競技 ライトヘビー級 準優勝

ボクシング部の寮に入りボクシング漬けの毎日を送っていた堤勇斗さん。

しかし、ボクシングの戦績についてはほとんど見ることが出来ませんでした。

唯一あったのが、2014年の「平成26年度第1回国体選考会」に名前があったのを発見致しました。

ひらけん
ひらけん

どうやら思うような成績を残すことができなかったようですね‥。

大学卒業後は就職をしており、ツイートには仕事の愚痴のようなものが見受けられました。

格闘技は主に弟二人のサポートというよりも応援と言ったほうが適切かなとツイートを見ていて思いました。

堤勇斗さん自身は格闘技はもうやめているのかとも思いましたが、どうやらトレーニングは続けていたようであります。

では、ここまでが堤勇斗さんの経歴なのですが、次はこれらをふまえた上で何故ブレイキングダウン8のオーディションに出ようと思ったのかを考えてみたいと思います。

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堤勇斗がブレイキングダウン8に出ようと思った理由について

ブレイキングダウン8のオーディションに参加した堤勇斗さん。

参加しようと思った理由については特にSNSでは語られてはおりませんでした。

そこでここでは堤勇斗さんがブレイキングダウンに参加しようと思った理由について考察してみようと思います。

僕はその理由は凄すぎる弟達にあると思いました。

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堤勇斗がブレイキングダウン8に出ようと思ったのは凄すぎる弟達に関係が?

小学生・中学生と華々しい格闘経歴をもっていた堤勇斗さん。

その存在は二人の弟にとっても憧れの存在でその後の二人の格闘技人生にも大きな影響を与えたのだと思います。

そして三兄弟を精いっぱいサポートしようとしていた父親の存在。

それは堤勇斗さんにとってはいつしか重荷となっていったのではないでしょうか。

高校へ入学してボクシング部もなく試合にも出れない。

その一方で父親の熱血サポートで結果を出していく弟達。

その環境に耐えられなくなった堤勇斗さんは半ば家を出るように拓殖大学のボクシングの寮へ入ったのだと僕は考えました。

そのようなことが重なり父親との関係がうまく行かなくなったのではないでしょうか。

そのことは堤優斗さんのツイートにお父様の事がほぼなかったことでそう考えました。

弟たちの事は応援してあげたいし、できるだけサポートしてあげたい。

しかし、父親とうまく行っていない状態では前面に出てサポートすることはできないため、応援するという立ち位置にいたのではないでしょうか。

それでどんどんと大きく成長していく弟達に刺激を受けてということもあるのでしょうが、それ以上に格闘技を通じて父親との関係をも修復したいという想いがブレイキングダウン8のオーディションへの参加という行動となったのではないでしょうか。

裸のアスリートⅡを見た時の家族一丸となって目標に向かうというそのテーマは勇斗さんがいないことでなんだかとても空虚な感じを受けてしまいました。

それはたまたまだったのかもしれません。

そしてここまでこのように勝手に考察してしまいましたが、実は単純に弟達に刺激を受けて自分もやれると感じて参加したのかもしれません。

ここら辺の理由については今後明らかになっていくと思われますのでわかり次第追記・修正しようと思います。

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堤勇斗(つつみゆうと)のwikiプロフ経歴やブレイキングダウン参戦の理由についてまとめ

ここまでブレイキングダウン8のオーディションに参加していた堤勇斗さんについてご紹介してきました。

プロフィールや経歴、ブレイキングダウン8に参加しようと思った理由について考察ではありますがwiki風にまとめますとこのようになります。

堤勇斗について

【プロフィール】
生年月日:1994年4月生まれ(29歳 2023年5月現在)
出身地:千葉県千葉市
身長:不明
体重:不明
家族:父(直樹)母(純子)弟・次男(駿斗)弟・三男(麗斗)
高校:千葉県立犢橋(こてはし)高等学校卒業
大学:拓殖大学卒業

【格闘歴】
小学生:極真空手の千葉道場で空手を学ぶ
2006年:小学6年生の時「千葉県空手道選手権少年団体」準優勝
中学生:2年生・3年生の「関東大会軽量級」で2連覇
2009年5月:中学三年生「第五回国際青少年空手道選手権大会 ジュニアの部」で3位
2010年3月:空手からボクシングへと転向
高校:高校にボクシング部がなく本多ジムでボクシングを学ぶ
大学:拓殖大学ボクシング部の寮生活
2014年:「平成26年度第1回国体選考会」に出場
大学卒業後就職・格闘技のトレーニングを続ける
2023年:ブレイキングダウン8のオーディションに参加

【ブレイキングダウン8への参加の理由について】
(考察)
・父親との関係の確執の解消
・頑張る弟達に影響をうけたため

このように小学生・中学生と華々しい格闘戦績を残してきた堤勇斗さん。

その存在は二人の弟達にも影響を与えその姿に憧れた弟たちは今や有名なボクサーとなりました。

ここまで弟達の影に隠れて埋もれて来た兄・勇斗さん。

しかし、その弟達、そして小さい頃の成績を見る限りそのポテンシャルは半端ないと思われます。

果たし本選出場は決定となったのか?

またブレイキングダウンに出場しようと思った理由についてもプロフィールや経歴から勝手に考察してしまいましたが、はっきりわかり次第追記・修正致します。

ここまで読んでいただきましてありがとうございました。

ブレイキングダウン公式

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